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般若とは智慧のことです。波羅蜜とは至彼岸、つまり悟りに至る修行方法のことです。 般若波羅蜜とは、智慧を目覚めさせる修行方法ということになります。 般若心経は間違い? (宝島SUGOI文庫) 宝島社 アルボムッレ・スマナサーラ ユーザレビュー: 悪趣味で欠陥だらけの ... 日本語ノンネイティブ ... 驚天動地日本人にとっ ...Amazonアソシエイト by ![]() 「般若心経は間違い?」(P.109)に、智慧を目覚めさせる修行方法について、次のように説明されています。 『シーラ経』 サーリプッタさん、戒律を完成した修行者(比丘)は、どんな法を観察(如理作意)するべきでしょうか? マハーコッティタさん、戒律を完成した修行者(比丘)は、五取蘊は無常なり、苦なり、病なり、腫れ物なり、槍、毒矢なり、災いなり、疾・発作なり、他人のもの、壊れるものなり、空なり、無我なりと観察(如理作意)するべきです。 また同書において、スマナサーラ師は、「修行レベルの般若波羅蜜の実践というのは、基本的に苦・集・滅・道を発見することです。」(P.103)とも述べています。 五取蘊は、無常なり、苦なり、無我なりと観察(如理作意)することが、智慧を目覚めさせる修行方法であり、正思という修行ということです。 シーラ経には「病なり、腫れ物なり、槍、毒矢なり、災いなり、疾・発作なり、他人のもの、壊れるものなり、空なり」とありますが、いずれも、無常、苦、無我の同義語です。 ※般若波羅蜜とは、智慧を目覚めさせる修行方法である。 ※般若波羅蜜とは、苦・集・滅・道を発見することである。 ※般若波羅蜜とは、無常、苦、無我と観察(如理作意)することである。 ※般若波羅蜜とは、正思のことである。 如理作意とは、パーリ語で、yoniso manasikâra(ヨーニソマナシカーラ)です。 お釈迦さまは「ヨーニソマナシカーラがあれば、すべての問題は解決する」と教えられました。 参考:根本仏教講義 http://www.j-theravada.net/kogi/kogi130.html |
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こんばんわ。 |
しんちゃん 2010/09/07 20:08 |
仏陀の悟り(涅槃)は、日常の経験と程遠いでしょうか? |
析空 2010/09/08 09:00 |
おはようございます。 |
しんちゃん 2010/09/08 09:51 |
>ある問題が解決した時に、安楽を感じると |
六欲天 2010/09/08 23:18 |
訂正します。 |
六欲天 2010/09/08 23:21 |
ナマステー |
析空 2010/09/09 04:44 |
了解しました。 |
六欲天 2010/09/09 05:14 |
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